May 12, 2017

At first, I would like to publish the paper Japanese Edition.

Thus:

イエズス・キリストの私生活と公生活

序文

「ユダヤ人の古い太陽暦」は私が命名した暦です。ギザのクフの大ピラミッドが完成した時期、紀元前2558年頃からアブラハムの先祖が採用した「太陽暦」でした。

紀元前2558年頃~西暦7年に採用した「太陽暦」の1年は365.25日でした。

「イエズス・キリストの生年月日」はメソポタミアに住んでいたアブラハムの先祖が紀元前2558年頃に始めた1年が365.25日の「ユダヤ人の古い太陽暦」の紀元前5年12月24日(日)の日没後、日付と曜日が翌日に変わった「ユダヤ人の古い太陽暦」の紀元前5年12月25日(月)でした。

第133章、「イエズス・キリストの生年月日」の研究資料は序文の役割を担っています。

「イエズス・キリストの私生活と公生活」をノン・フィクションで書くためには「イエズス・キリストの死亡年月」を確定することが必須でした。

私は、「イエズス・キリストの死亡年月」を確定するために西暦15年~西暦40年の範囲に絞り込んで金曜日の日没から過越祭が始まった西暦27年、西暦30年、西暦33年を検討しました。その結果、紀元前4年、月食の頃のヘロデ大王の死亡年月が決め手となって99.99%の確率で、西暦30年4月7日(金)、ユダヤ人たちがイエズスを十字架刑に処して、西暦30年4月7日(金)午後3時、イエズス・キリストがゴルゴタの丘の十字架上で亡くなったと確定しました。

西暦30年4月7日(金)、イエズスが十字架上で亡くなりました。

聖母マリアはゴルゴダの丘で泣いていました。聖母マリアは50歳6ヶ月30日齢でした。

イエズス・キリストは33歳3ヶ月14日齢でした。

「イエズス・キリストの死亡年月」の次に確定すべきは「イエズス・キリストの生年月日」でした。

 第12章、「ユダヤ人の古い太陽暦」の紀元前5年12月25日(月)、ご降誕の本文に私は次のように書きました。

ユダヤ人たちは日没から彼らの1日を計算するので日付も曜日も変わりました。

アブラハムの先祖が開始した1年が365.25日の「ユダヤ人の古い太陽暦」の紀元前5年12月25日(月)、彼らが山に掘られた家畜小屋に辿り着きました。マリアは17歳3ヶ月17日齢でした。

「イエズス・キリストの死亡年月」「イエズス・キリストの生年月日」の次に確定すべきは「イエズス・キリストの公生活の開始日」でした。

第21章、西暦27年1月8日(水)、「主の洗礼」の場面で私は次のように書きました。

西暦27年1月8日(水)、太陽が午前11時48分11秒に南中しました。その午後、イエズスが洗礼を受けるためにガリラヤからヨルダン川の浅瀬にやって来ました。

従って、イエズスは30歳の誕生日を迎えた西暦27年1月8日(水)から公生活を始めました。
イエズス・キリストが西暦27年1月8日(水)から公生活を始めたという本当の理由は、西暦8年、ユダヤ教の司祭が「ユダヤ人の古い太陽暦」から「13日間」削除したからです。